先日開かれたカンファレンス「Microsoft Ignite 2019」で、マイクロソフトは互いに関連し合う 2 つの展望を発表し、エッジ コンピューティングのロードマップを示しました。
ネットワーク エッジ コンピューティング (NEC) とマルチアクセス エッジ コンピューティング (MEC) について詳しく触れる前に、まずは 5G ネットワークの展開に伴い、現在どのようなユース ケースが台頭しつつあるかについてご説明します。これまでの 10 年間、マイクロソフトはお客様のワークロードをオンプレミスから Azure へ移行させるという取り組みを、お客様と協力して進めてまいりました。その目的は、大規模なパブリック クラウドが発揮する規模の経済性を、お客様に大いに活用していただくことにありました。マイクロソフトでは、新しい Azure リージョンの追加を進めるとともに、既存のリージョンのキャパシティも常に向上させていくことで、このような規模の経済性を確保し、データ センターの運用にかかる全体コストを削減しています。
大部分のワークロードについては、クラウド上で実行するという選択肢が最適と言えます。マイクロソフトではイノベーションを推進し、Azure を最大限の効率で運用しています。そのため、お客様には物理的なハードウェアやそのための設置スペース、電力、空調、物理セキュリティの管理に追われることなく、ご自身のビジネスに集中していただけるようになっています。そして現在、マイクロソフトでは、帯域幅の拡大と信頼性の向上を実現する 5G モバイル技術の登場に伴い、スマート ビルやスマート ファクトリー、スマート農業のようなユース ケースを可能とする低レイテンシ・サービスに大きなニーズが生まれていると考えています。"スマート" という言葉によって示唆されているとおり、これらのユース ケースには計算負荷の高いワークロードが含まれています。たいていのケースでは、機械学習型や人工知能型のアルゴリズムを利用しているため、それらをリアルタイムに近い速度で実行するためのコンピューティング リソースが必要となるのです。これらの "スマート" なシナリオについて考えたとき、最終的に重要となるのはレイテンシ (データの生成から、分析を経て意味のある結果が返されるまでの時間) です。今やレイテンシは、新たな基本的ファクターとなっています。そしてレイテンシを低減するためには、必要とされるコンピューティング リソースをセンサー、データ発生源、あるいはユーザーの近くまで移動させなければなりません。
マルチアクセス エッジ コンピューティング: コンピューティングとネットワークの重なり合う場所
モノのインターネット (IoT) は素晴らしいチャンスをもたらすだけではなく、大きな課題を突きつける技術でもあります。これまで企業内のローカル ネットワークでは、イーサネットと Wi-Fi が使われてきました。Wi-Fi は過去 20 年をかけて、無線ネットワークのデファクト スタンダードとなってきました。その理由として、Wi-Fi は必ずしも最高のソリューションではなかったものの、消費者市場に定着していたこと、そして Wi-Fi の代わりとなる技術も存在しなかったことが挙げられます。しかしマイクロソフトの世界中のお客様からは、IoT デバイスに向けて Wi-Fi を採用する場合は、カバレッジや帯域幅、セキュリティ、管理性、信頼性、相互運用性 / ローミングについて妥協せざるを得なくなるという声が上がっています。例えば、自律型ロボットを工場内で安全に動作させたい場合は、Wi-Fi よりも優れた帯域幅、カバレッジ、信頼性が要求されます。空港の場合、ターミナルではたいてい十分な Wi-Fi カバレッジが確保されていますが、滑走路ではカバレッジが大きく下がっているケースが多くあります。そのため、スマート空港を支える技術として、Wi-Fi は必ずしも十分かつ適切なものとは言えません。
次世代のプライベート セルラー通信では、帯域幅、カバレッジ、信頼性、管理性が大幅に向上しています。ローカルのコンピューティング リソースとプライベートなモバイル通信 (プライベート LTE) を組み合わせれば、多数の新しいユース ケースを実現できます。例えば、先にご紹介したスマート ファクトリーの場合、お客様はパブリック クラウドへの接続に依存することなく、高い可用性でロボット制御ロジックを稼働させることができます。MEC を利用すると、そのオペレーションや、現場レベルのクリティカルなデータ処理を確実に持続させ、生産を中断なしに続けられるようになります。
予測保全のための分析に必要な機械学習ジョブなど、大規模なデータを利用する計算タスクにとっては、無限に近い計算能力とストレージを提供できるクラウドが最良の選択肢となります。今年の Microsoft Ignite において、マイクロソフトはこの分野についての見解や経験をご紹介するとともに、Azure を利用した MEC のテクノロジ プレビューも発表しました。このテクノロジ プレビューは、Azure Stack Edge (Azure から管理できるオンプレミスのコンピューティング プラットフォーム) に、プライベート モバイル ネットワーク機能を導入するものです。簡単に言えば、MEC を採用している工場では、ネットワーク障害に陥った場合でもロボットをローカルで制御することが可能となります。
エッジ コンピューティングの観点から言えば、Azure Stack Edge でも Azure でも動作するコンテナーが用意されているということになります。ここで重要なのは、Azure でもエッジベースの MEC プラットフォームでも、同一のプログラミング パラダイムを利用できるという点です。コードの開発とテストをクラウドで済ませたあと、それをエッジに向けてシームレスに展開することができるのです。開発者は Azure に用意されている多数の DevOps ツールやソリューションの力を、エッジ コンピューティングの画期的なユース ケースに活かすことができます。この MEC のテクノロジ プレビューでは、既存の Azure サービスとの統合によって、クロスプレミスでのデプロイを簡素化したり、マネージド コンピューティングおよび仮想ネットワーク機能の運用を容易化したりすることを重視しています。
ネットワーク エッジ コンピューティング
マルチアクセス エッジ コンピューティング (MEC) がお客様側の拠点での展開を想定した方式であるのに対し、ネットワーク エッジ コンピューティング (NEC) は、ネットワーク キャリアの拠点を利用し、エッジ コンピューティング プラットフォームをキャリアのネットワーク内に配置する方式です。マイクロソフトは先日、当社の NEC プラットフォームを、AT&T が米国ダラスに有する拠点に初めて展開したことを発表しました。ソフトウェア プロバイダーは、パブリック クラウドで動作するアプリケーションやゲームにアクセスせずとも済むようになります。その代わりに、自社のソリューションを物理的な意味でエンドユーザーの近くに移動させれば良いのです。AT&T の Business Summit で、マイクロソフトは Taqtile との協力による取り組みのデモとして、拡張現実を使って飛行機の着陸装置のメンテナンスを行うという事例を紹介しました。
HoloLens を装着したユーザーは、現実の着陸装置と仮想のマニュアルを同時に確認できます。さらに、着陸装置の特定の部品を、仮想的にハイライト表示させることもできます。HoloLens の画面には、現実世界と仮想世界のオブジェクトが合わさって表示されます。この方式はしばしば、拡張現実 (AR) や複合現実 (MR) と呼ばれます。
エッジ コンピューティングのユース ケース
マイクロソフトは 11 月下旬から 12 月上旬にかけて、MEC と NEC のユース ケースを多数発表してきました。以下よりもさらに詳しい紹介は、こちらの Microsoft Ignite で行われた MEC と 5G に関するセッション (英語) をご覧ください。
複合現実 (MR)
リモート アシスタンスのような、複合現実のユースケースは、産業オートメーションのさまざまな領域に革命をもたらします。低レイテンシと高帯域幅、そしてローカルでのコンピューティングを合わせて実現することで、リモート レンダリングの新しい使い方が可能となり、携帯端末や MR デバイスのバッテリー消費を低減させることができます。
小売業の e フルフィルメント
Attabotics (英語) は、小売・サプライチェーン業界に向け、倉庫業務およびフルフィルメント業務用ロボット システムを提供しています。Attabotics のロボット (Attabot) は、格子状に並んだケースへ商品を収納したり、そのケースから商品を取り出したりすることができます。標準的な保管庫は 100,000 個のケースからなっており、60 ~ 80 台のロボットがそこで働いています。ロボット自体は、Azure Sphere によって動作しています。Wi-Fi や従来型の 900MHz 帯通信では、このシステムのスケール、パフォーマンス、信頼性の要件を満たすことができません。
この倉庫業務システムの操作や制御を司るロボット制御システム Nexus は、Azure 上にネイティブに構築されており、テレメトリを実現するために Azure IoT Central を利用しています。プライベート LTE (CBRS) 無線通信のパートナーである Sierra Wireless (英語) および Ruckus Wireless (英語) と、パケット コア分野のパートナーである Metaswitch (英語) の協力を得て、マイクロソフトはプライベート LTE ネットワークを通じた Attabot の通信を実現しました。これによって通信の遅延が低減し、この倉庫業務ソリューションの信頼性と効率が向上しています。倉庫で使われているプライベート LTE ネットワークを含め、この倉庫業務ソリューションの全体が、単一の Azure Stack Edge で動作しています。
ゲーム
多人数参加型のオンライン ゲームは、低レイテンシのエッジ コンピューティングの代表的な用途です。Game Cloud Studios (英語) は Azure Play Fab (英語) を基盤として、Tap and Field という名前のゲームを開発しました。このゲームのバックエンドと管理機能は Azure で動作しています。一方、ゲーム サーバーのインスタンスは NEC プラットフォーム上に配置されており、そこで動作しています。これによって、e スポーツ用のイベント会場、アーケード、アリーナなどに集まったプレイヤーは、低レイテンシで優れたゲーミング エクスペリエンスを享受することができます。
公共の安全
ドローンの利用の急激な広がりによって、セキュリティやプライバシー、配送といったさまざまな業界に破壊的変化がもたらされています。そのような変化の顕著な例は、航空管制分野に見ることができます。この分野では、現在は数十機単位の航空機を監視していますが、いずれはそれが数千機単位に膨らむと見られています。これに対応するためには、リアルタイムに近い高度な追跡システムが必要です。Vorpal (英語) の VigilAir システムは、分散型のセンサー ネットワークを使って、ドローンとその操作者を追跡するソリューションを構築しています。このソリューションは、NEC で動作するリアルタイムの追跡アプリケーションによって実現されています。
データ駆動のデジタル農業ソリューション
Azure ソリューションの一種である Azure FarmBeats (英語) は、さまざまなソースの農業データセットを統合し、人工知能 (AI) モデルや機械学習 (ML) モデルを構築することによって、実践的な洞察を引き出します。農場全体に分散配置したセンサーからデータセットを収集するためには、信頼性の高いプライベート ネットワークが必要です。また洞察を引き出すためには、クラウドへの接続が弱くなりがちな遠隔地でも非接続モードで動作する、堅牢なエッジ コンピューティング プラットフォームが必要です。この Azure Stack Edge をベースにしたソリューションと、マネージド プライベート LTE ネットワークを組み合わせることで、農場の近隣に適切なコンピューティング リソースを配置した、信頼性が高くスケーラブルな接続網を実現することができます。
MEC、NEC、Azure: コンピューティングをあらゆる場所へ
MEC を用いると、接続性の確保された低レイテンシの Azure プラットフォームを、お客様の拠点で実現することができます。NEC は、それと同様のプラットフォームをネットワーク キャリアの通信拠点で実現するものです。そして Azure は、多種多様なクラウド サービスと管理機能を提供しています。
マイクロソフトでは、あらゆるお客様に向けた選択肢を提供していきたいと考えています。Azure のデータセンターを世界の大都市すべてに展開するというアイデアは非現実的であるため、マイクロソフトはクラウドでは不可能な、低レイテンシアプリケーション特有の要件に対応するソリューションに関しては、新しいエッジ コンピューティング プラットフォームを通じて提供していきます。ソフトウェア開発者の皆さまには、プライベート モバイル接続が必要な場合には MEC をご利用いただけます。アプリケーションを外部拠点に効率的に配置されたい場合には、NEC への展開、もしくは Azure への直接の展開を行っていただけます。コンテナー化されたアプリケーションのプログラミングや展開は、いずれのケースでも同一のモデルで行うことができます。エッジとパブリック クラウドにまたがった複合型のコンピューティング リソースは、今後さまざまなアプリケーションに活用されていくと考えられます。
マイクロソフトではこれからも新しい拡張プラットフォームを構築していくとともに、モバイル通信およびエッジ コンピューティングという成長分野におけるパートナーとの協力を続けていきます。現在、5G やプライベート モバイル通信、IoT、コンテナー化ソフトウェア環境といった前提が整うことで、分散型の新しいプログラミング モデルを採用した、新しいイノベーションの波が訪れようとしています。マイクロソフトでは、そのようなイノベーションを実現できることを大変嬉しく思っております。コンピューティングの新たな局面は、すでに始まっています。